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Heart&Hand

楽しく、焦らず、ありのままに。

私と父の場合。

こころの話

風邪薬が効いてかなり楽になった。
動けるって素晴らしい。
が、調子に乗ってぶり返さないように適当に休まねば。


ある人と話をして父のことを思い出した。

父は10年以上前に亡くなった。
夜中に倒れ、目が見えないと母に伝え、そのまま病院へ運ばれ次の日の早朝に死んでしまった。

私は父が嫌いだった。
こいつさえいなくなれば…と何度も考えた。
でも、本当にいなくなったあと長い時間をかけてわかったことがある。

ある立場においては、父の最も憎み嫌っていた部分が結果的に私を守る形になっていたということ。
ある時は、父が私に言ったことと同じ言葉を娘に向かい放ってしまい、父の苦しみや悲しさを知ったこと。
さらに、ある時気づいた。
父は最期に何も言葉を残さなかった。
そういうことができる状態ではなかったからなのだが、それで私は父から呪いを受けなかったんだと。
私にとって最期の言葉は呪いだ。
なにせ私は父が嫌いだったのだ。
でも「死」というものは、私のそういった気持ちを帳消しにして当然かのような圧力をもっていた。

自分が悲しいのか、悲しくないのか、悲しんでいいのか、悲しみたいのか、よくわからなかった。
少しでも悲しめば自分を偽善者と感じ、憎しみを思い出せば自分の感情は死者に鞭打つようなものだと罪悪感を持った。
何も言われなかったのにこれなのだから、もしも謝罪や感謝を伝えられていたら、もしもお前が心配だとかいう不安や、望みや希望を託されていたとしたら…。
生きてる間の諸々でもうお腹いっぱいなのに、それをされたら多分私はより苦しむことになっただろう。



ある人は話の中で自分と同じようにつらい想いはさせたくないという気持ちを語ってくれた。
私もある時期娘に対して同じようなことを思っていた。
でも、同じようにつらいってなんだ?と今は思う。
それは私が決めることではないだろうと。
自分の荷は自分が背負うしかないのだ。

そんなことを考えたら、その瞬間なんも言わんかった父でありがとうと思ったし、父を見倣おうと思っている自分がいた。

もうさ「ひーーっ!!」だよ。
こんなこと考えるなんて。
でもだから生きてくって面白いんだ。

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今日の3good。 熱下がる。動ける。予定キャンセルならず。